STORY

こちらのページでは、私、冨井セイジが自伝的小説、或いは、小説風自伝をつらつらと書き連ねてゆきます。
お時間のある際にでもお読みください。

ニューオリンズ・バウンド①
私がニューオリンズに到着したのは22時を過ぎた頃だった。
見知らぬ土地への到着が夜の場合、何だかその街の別の顔を見せられているようで、心細くも不気味だ。空港からは、日本で予約していた「カプリ・モーテル」まで、タクシ―で行く事にした。私にとっては初めての土地で、夜も遅かったからだ。

タクシーに揺られてしばらくすると、ニューオリンズで一番の盛り場である、バーボン・ストリートが見えてきた。通りのあちらこちらから大音量のライヴ・ミュージックが聞こえてくる。
日本ではほとんどないことだが、バーボン・ストリートでは、狭いエリアにライブ・ハウスやライヴ・バーなどが密集している。そして、ドアをわざと開け放って、ライヴ・ミュージックの音を客引きに利用しているようだ。良い音楽が聞こえてくる店には、通行人が吸い込まれるように入って行く。「あぁ、本当にニューオリンズに来たんだ」という実感がじわじわと湧いてきた。
タクシー・ドライバーは親切心からか、せわしなく話しかけてくる。しかし、私は英語が良く分からない上に、通りの音楽や喧騒でほとんど聞き取れない。そうこうしているうちに、車はバーボン・ストリートを抜け、予約していたカプリ・モーテルに着いた。小さな安モーテルだ。

私は、単に安価だという理由からこのモーテルを予約したのだが、意外にも2階の程良い広さの部屋に案内された。
部屋には、ベッドとテレビ、ユニット・バスがあり、長期滞在の貧乏旅を考えていた私にとってはそれで充分に思われた。日本からのフライトの時差ボケと、さっき見たバーボン・ストリートの興奮で、なかなかベッドに入っても寝付けなかったが、これからの期待感を空想しているうちに眠りについた。

ニューオリンズ・バウンド②

翌日からは、ニューオリンズの中心部、フレンチ・クウォーターなどを当てもなく散策した。
モーテルからフレンチ・クウォーターまでは、歩いて20分くらいの距離で、その間には雑貨屋や小さな商店などがポツリ、ポツリとあった。
あるお店の外側のガラス窓には、鉄格子のような頑丈なものが取りつけてあり、よく見ると、ひび割れがある。銃弾の跡だ、と思った。後で知った事だが、私がニューオリンズに着いた2、3日前にもこの付近で殺人事件があったらしい。 
私はフレンチ・クオーターまで歩き、昨夜、タクシ―で通ったバーボン・ストリートに行ってみることにした。盛り場というのは、昼と夜の顔が大きく違う。日中の太陽にさらされたバーボン・ストリートは、気のぬけたビールのような気だるい空気に包まれていた。「強物どもが夢のあとか・・・」と私は思わず呟いた。

バーボン・ストリートの外れに、「カフェ・デュモンド」という有名なカフェが見えたので行ってみることにした。そのお店の名物は「ベ二エ」と呼ばれる揚げパンのような、砂糖まみれの食べ物で、「カフェ・オレと一緒に食べるととても美味しいのよ」と店員の太った黒人の女性が教えてくれた。噂には聞いていたが、アメリカの飲食店は量も多いし、その上値段も安くて驚いた。
「ここなら毎日来ても良いな」と私は思った。
「カフェ・デュモンド」の近くには公園があって、ストリート・ミュージシャンが頻繁に演奏していた。
演奏曲は伝統的なデキシーランド・ジャズが多く、ニューオリンズを感じさせる音楽が溢れていて、「さすがルイ・アームストロングを生んだ街だなぁ」と私は感心した。
もちろん、演奏レベルも高く、日本でなら十分に良い値段で聞かれるであろう「銭の取れる音楽」だった。しばらく、ストリート・ミュージシャンの演奏を楽しんだあと、いくらかをチップとしてギター・ケースの中に入れて、またフレンチ・クウォーターあたりを歩きだした。

ニューオリンズ・バウンド③

私がニューオリンズを訪れた最大の目的は、毎年4月頃に行われる
「ニューオリンズ・ジャズ&ヘリテッジ・フェスティバル」を観に行くためだ。
1970年代に始まったそのイベントは、毎年、出演者、来場者が増えてゆき、ファッツ・ドミノやドクター・ジョンなどニューオリンズから世界的なスターが誕生したこともあり、世界中から音楽ファンや観光客が集まる巨大なイベントになっていた。
今回のヘッド・ライナーも、レイ・チャールズ、ファッツ・ドミノ、ドクター・ジョンなどのスーパー・スター。
ブルーズ系のミュージシャンでは、クラレンス’ゲイトマウス・ブラウン、スヌークス・イーグリンなど、名だたるミュージシャンが出演予定だ。

なぜか、私はこのイベントのことを無料のフェスティバルだと思いこんでいて、実際に会場に足を運んで有料だということに初めて気がついた。会場は、ニューオリンズのはずれにある巨大な競馬場で、日本のフェスティバルに比べると、断然値段も安く、また出演者の演奏レベルも格段に高いという噂だった。 

実際にいろんなミュージシャンの演奏を聴いてみると、日本にまでは名前が知られていない、地元のローカル・スタ―もたくさんいるし、何より音楽が特別なものでなく、人々の生活に近いところにあると感じる。
オーディエンスも音楽の楽しみ方を知っているという感じで、ステージ上のミュージシャン達よりも、オーディエンスの人たち自身が主人公のような楽しみ方なのに一番驚いた。